【織田信長の何がスゴイ!?】ビジネス視点で戦国武将を分析してみたBlog

◎戦国武将「織田信長」を、ビジネスマン視点で分析してみました。

なぜ尾張(現在の名古屋)の小大名だった織田信長が、日本の大半を支配するまでに成長したのか? 歴史を分かりやすく、紐解いていきます。

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織田信長像】

◆3つのポイント(強み)

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それぞれ解説していきたいと思います。

①資金(お金持ちだったこと)

戦国乱世において、お金は命に関わる最大の武器です。現代でもお金の大切さは変わりませんね。織田信長は、当時主流であった「永楽通宝」を自軍の旗印にしています。

Q:では、なぜお金持ちだったのか?

A:熱田、津島、堺など大商業都市(交通・交易で栄えていた)を抑えており、税金を確保できたから

です。一部は信長の父(信秀)の代から受継がれたものでした。

織田信長が強いのは、その生い立ちにも理由があったのかもしれません。

 

この資金力が、ダイレクトに軍事力に反映されます。

尾張の小国から、美濃(岐阜県)の斎藤氏を滅ぼし、近江(滋賀県)→京都へ巨大な軍事力を持って上洛することが出来たのか、背景には経済力があったと考えられます。

後に、当時日本一の経済都市・堺にも、多額の税金を要求しています。

その他、武田軍を破った「長篠の戦い」で、高価な鉄砲を3,000丁も揃えられたこと。また、戦闘を専門とする軍隊を編成出来たことが挙げられます。

当時の兵隊は、半農半民で田植えや稲刈りの時期は、戦えない国もあったようです。

織田信長は、兵農分離を実践し専門部隊を常備していました。

 

今で言うと、普段サラリーマンで土日に草野球をしているビジネスマンチームと、プロ野球チームが試合するイメージでしょうか。

現代ビジネスでも、会社の事業運営において株主からの資金調達と優秀な人材採用・育成は重要です。 ビジネスとの共通点を感じますね。

信長もその資金力を背景に、天下統一への道を進んで行くこととなります。

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余談ですが、当時のお金は、令和の時代とは少し違ってたようです・・

今は「円」で日本全国共通の価値で買い物できますが、当時は各地の戦国大名が独自にお金を発行することもありました。織田信長の少し後の徳川家康の時代に、全国一律に通用する金・銀・銅貨が制定されたようです。

なので、戦国時代初期は、自分の国の大名が戦で負けてしまった場合、自国の通貨価値が暴落することもあったようです・・(>_<)

逆に勝てば価値は上がるので、ビジネス視点で言うと株やFXに近いイメージでしょうか。

②情報(収集が早く、流行に敏感)

織田信長は情報を大切にしており、側近に「黒母衣衆」と「赤母衣衆」という情報伝達の専門部隊を置いてました。加賀百万石で有名な「前田利家」は、赤母衣衆に所属しています。

 

有名な桶狭間の戦いにおいて、25,000人と言われる今川義元(数は諸説あるようですが)に勝利したのも、この情報収集の成果と言えます。

大軍は細い道を同時に進めず、兵力は分散するため、ピンポイントで大将のいる場所(情報)を把握し、集中的に攻めた結果ですね。悪天候の中、明確な目標設定(敵大将の首)とリーダーシップを発揮しています。

この戦いをきっかけとして、信長は天下統一の第一歩を踏み出します。

 

現代ビジネスにおいて織田信長が引用されるのは、桶狭間の戦略的な勝利に加え、的確なリーダーシップマネジメント力が評価されているからだと思います。 

令和のビジネス時代に織田信長が生まれていたら、間違いなくITを駆使してますね!最近企業でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれてますが、信長だったらAIRPAにも興味深々だったと思います。

 

また、織田信長南蛮貿易を強く推奨してます。奇抜で新しい物好きのイメージがあり、歴史ドラマでも西洋の鎧を付けてたり、ワインを飲みながら「猿(秀吉)!!」と怒鳴りつけてる名言シーンをよく観ます。

国内の経済政策に加え、海外との交易による富の構築、また積極的に異文化を取り込んでいます。

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③マネジメント(人材採用と組織編成)

3つ目に、織田信長がマネジメントに長けていたことを挙げたいのですが、強みである一方で弱点でもあると感じてます。

 

まずビジネス視点で、強みとして人材採用」と「組織編成」が挙げられます。

「人材採用」について、天下統一という目標のもと、才能のある人材は身分や接した期間を問わず重く採用していることです。農民の出身である豊臣秀吉や、足利義昭の家来であった明智光秀を要職につけています。

ビジネス視点で言うと、豊臣秀吉は学歴は良くないけど頭がいいTOP営業マン、明智光秀は他企業で働いていた中途入社組ですかね。

 

「組織編成」については、1576年以降で各方面軍を編成してます。自分の有力家臣達に万単位の兵を持つ大軍団を与えて、これを指揮させました。

各方面軍

・北陸方面軍: 柴田勝家

・大阪方面軍: 佐久間信盛(後に追放)

・中国方面軍: 羽柴秀吉

・幾内方面軍: 明智光秀

関東管領軍: 滝川一益

・四国方面軍: 織田信孝

といったかたちです。

今のビジネス企業でも、会社によっては「事業部制」を採用して各部署にある程度の権限を持たせていますが、それに近いイメージだと思います。

これにより、各メンバーが切磋琢磨して成果を目指すのですが、後に追放された佐久間盛信は「サボってると首にするぞ!」という見せしめのような気がしてます(>_<)

織田信長は、「飴と鞭」の使い分けにより、部下の競争による組織の成長を目指していたようです。

 

最後に弱点についてですが、マネジメントにおけるメンバーへのマインドセットにやや問題があったのかもしれません。

この後、織田信長は1582年6月に家臣の明智光秀の裏切りにあい「本能寺」で亡くなります。時代劇などでよく聞く名言、「敵は本能寺にあり!!」のシーンです。

戦国の世であれば謀反は当たり前かもしれませんが、光秀以外にも、多くの武将に謀反されています。(弟の織田信行、若き日の柴田勝家浅井長政荒木村重松永久秀など)

明智光秀織田信長を裏切った理由ですが、諸説あるようです。

・日々の恨みによるもの(過度の叱責、人質となった母親を戦闘で見殺しにされたこと等)

豊臣秀吉徳川家康による黒幕説

・四国の長宗我部元親を擁護するため(信長による四国征伐を回避する)

など。

大河ドラマ麒麟がくる」も後半戦に突入しますが、裏切りシーンがどのように描かれるのか?楽しみです。

 

ビジネスセンスと政策に優れた信長だからこそ、夢半ばでの死は残念に思えてなりません。

「もし信長が生きていたら?」

皆さんも、一度は信長伝説を想像したことがあるのではないでしょうか。

 【ビジネス】もし戦国武将が会社の社長だったら?織田信長・武田信玄・上杉謙信のMVVを考えてみたBlog - 【ビジネスx歴史xアニメ】Dragonshiryu’s blog

 

南蛮貿易で世界に視野を広げた織田信長は、地球儀を片手に未来を想像していたのかもしれません。

当時の世界情勢としては、大航海時代ですね。15世紀中頃~17世紀中頃にかけて、ヨーロッパ人による植民地主義的な海外進出(アフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な航海)が行われた時代でした。

日本には、1549年にポルトガル船の種子島漂流により鉄砲が伝わり、その後南蛮貿易が行われます。アジア地域では、オランダ東インド会社が設立されるのですが、もし織田信長が海外進出していたら、どのような展開になったのでしょうか?

史実とは違う展開を想像すると、夢が膨らみますね・・

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その他、「キングダム」「三国志」をビジネス風に考えてBlogを書いてみたので、宜しくお願いします。

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#織田信長 #ビジネス #戦国武将

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